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2008年8月

2008年8月27日 (水)

アイヌのおもしろ物語~『プクサ神の怒り』

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ここ数日、とてもサム~イ阿寒湖です。

キノコの季節も、例年より半月ほど早いとか・・・




さて、おもしろ物語、Prat  Ⅱ  

『プクサの神の怒り』

ある村に、心がけの良い働きものの娘がいました。
畑で仕事をしていると、萩(はぎ)の神が娘に、
村長の家に行くようささやきました。

急いで行ってみると、村長の妻は重い病気になり、
たったいま亡くなったばかりのところでした。

すると今度は、その家の鍋の神が娘に、
村長の妻が死んだ理由をそっと教えてくれました。

それは、村長の妻が、山でプクサ(行者ニンニク)や
他の山菜を採るとき、いつも根絶やしに採り尽くしたので、
プクサの神が怒り、誤りに気づかせようと
重い病気にしたからだというのです。

これを聞いた娘が、鍋の神が教えたとおりのおまじないをし、
プクサの神の怒りをしずめると、
村長の妻を生き返らせる事ができました。
助かった村長の妻は、娘の話を聞き
自分がした事を悔いあらためました。

またそのあと、娘はとても豊かになり、
一生幸せに暮らしたと言う事です。

娘は良く働く上に心がけもよく、
山に山菜を採りに行っても、プクサなどを採りつくす
ようなことは決してしなかったので、
色々な神が助けてくれたのでした。

だから、山菜を採りに行っても、
全部を根絶やしに採るようなことをしてはいけませんよ。

おしまい。

いや~、恐ろしいですねっこわいですねっっ

これから、キノコの季節・・・
シメジの神に、叱られないよう 肝に銘じますっ!
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2008年8月13日 (水)

アイヌのおもしろ物語~ピンネシリとマツネシリ

阿寒湖のシーズンも、最盛期を迎えつつある今日この頃…
家族連れのお客さんやライダーが、気持ち良さそうに
走り抜けていく・・・いい季節です~♪

さて、タイトルを『アイヌのおもしろ物語』としましたが、
これからたびたび、載せていこうと思い立ち、
私の独断と偏見?!かどうかわからないけど、

伝説シリーズ、第一弾! 
まずは、船にて語っている伝説、(←山が見えそうな時限定で語り中)

『ピンネシリとマツネシリ』

それはまだ、北海道の大地が神々の天地であった頃の話です。

その頃、ピンネシリは海にポツンっと浮かぶ山でした。
その周りには、鯨やシャケが悠々と泳ぎ
波打ち際には、昆布が押し寄せ、
波に山すそを洗われながら、ピンネシリは海に聳えていました。

その様子を見ていたオンネヌプリ(斜里岳)とチャチャヌプリ(羅臼岳)は
そんなピンネシリを心配していたのです。

「海にポツンとなんと寂しい事か・・・どこかにいい嫁はいないだろうか?」

と、辺りにそびえる山を見ては、気にかけていました。
そんな中目に留まったのが、『マツネシリ』でした。
やがて、ピンネシリとマツネシリは夫婦の山となったのです。

マツネシリは、とても働き者で、周囲を見渡すと、海しかないのを物足りないと、
片腕を大きく広げ、そこらじゅうの小山や丘を、えええぇぇ~い!!と かき寄せ、
もう片方の腕もめいいっぱい広げては、そォォォれ!!と引き寄せ、
外輪山を作り、そして真ん中に残ったのが阿寒湖でした。

その後もマツネシリは、草木を植え、湖に島々を作り、
とても美しい森や川、湖が出来上がり、
マツネシリは一生懸命、働いていました。

さて、その頃のピンネシリは、その悠々たる姿を見せつつ、
周りにそびえる女神(山)を眺めておりました。

そんな中、眼下に屈斜路湖を湛え、白い霧のベールをまとい、
美しくそびえる女神、摩周岳が目に留まったのです。

それからというもの、ピンネシリは、マツネシリの目を盗んでは、
摩周岳との楽しい時を過ごしておりました・・・

しかし、そんな日々も長くは続かず、摩周岳との浮気が
マツネシリにばれてしまったのです!

マツネシリは大激怒!!怒り心頭のマツネシリは、
頭から、煙を噴出しながら、一晩中ピンネシリに怒り続けたのでした…

するとなんと!!ピンネシリは怒り続けるマツネシリ目がけ、
ヤリをビュ~ン!と投げつけたのです!!
そのヤリが、マツネシリの胴っ腹に当たり、そこから硫黄が吹き出たのです!

怒りの治まらぬマツネシリは、ピンネシリの背後にそびえる
摩周岳を恨み、じぃ~っと、睨み続けたのです。

すると、睨まれ続けている摩周岳は、いても立てもいられなくなり、
そこからすくっと立ち上がり、北海道の東端、野付へと逃げてゆきました。

「ここまで来れば、もう大丈夫・・・」と、摩周岳は、ふっと振り返ると、
はるか西の山々の間から、マツネシリの視線が見えるではありませんか!!

これは大変だ!!と、また立ち上がり、今度は海を越えて、
クナシリ島へ渡り、そこへ腰を下ろし、チャチャ岳となりました。

やがて、摩周岳の去った後にできた、大きな穴には、
長い年月をかけて雨や雪が降り積もり、今日の摩周湖になった…
と言われています。また、一端、腰の下ろした野付は、
大きな穴に海水が流れ込み、今日の野付半島が出来たと言われています。

さて、その後のマツネシリは・・・
未だにピンネシリに腹を立てては、頭から、煙を噴出し続けているのでした。
また、ヤリの刺さった跡にできた大きな穴からは、
沢山の温泉が噴き出し、お陰で今でも阿寒湖の街には良質の温泉が
湧いているのです。そして、この温泉に入ると、傷の直りが早い とも言われております。

一方のピンネシリは、阿寒湖を抱きながら、穏やかな姿で
マツネシリと向き合っていますが、
摩周湖の方面から見るピンネシリは、凛とした男らしい姿を見せつつ、
摩周岳の面影を偲んでいるように見える…と、言われております。

・・・・・・・阿寒の古老が伝える神々の伝説、
           『ピンネシリとマツネシリ』でした。  チャンチャン♪

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皆さん、いかがでしたでしょうか?
山にまつわるアイヌの伝説は、本当に色々とありますが、
なぜか、必ずと言って良いほど、『槍』がでてくるんだよなぁ…おもしろいっ

それに、雄阿寒が、海に浮かんでたぁ??
と、話を聞いた時には、ええ?だったけど、
阿寒川沿いの、土手のあたりなどに、アンモナイトとか、貝とかの化石が
結構でてきてて、私も実際に見た事あったのでした。
それと、野付半島の辺りからも、遥かに雌阿寒がちゃんと見えるんだよなぁ

そういう実際の視点から見ても、本当に壮大で、それでいて
人間くさい?!というのが、ほんとに面白いです。

また、第二弾!!  乞うご期待!!

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2008年8月 2日 (土)

8月 突入!!

先日、7月27日夜、ガイヤナイト IN 阿寒 が開催され、
いつもは、湖岸→アイヌコタン というタイマツ行進のルートを、
この日は、アイヌコタン→湖岸園地というルートで、
タイマツの明かりの列が、電気を消して、静かな阿寒湖の街を
優しく、点していました。

湖に到着すると、ほとんど照明が無く、
住民の手作りの、ロウソクの明かりだけが、湖を照らしていて、
空には、いつも以上に星がきらめいていて、
余計な音も無く、とても素敵なひと時でした。

そしてわたしも、急遽、湖でトンコリを弾く事になり、
『倉本聡』さんの語りの後に、弾かせていただきました。

これがまた、ホントに静かで、ロウソクの明かりが湖に揺れて、
空には星がきらめいていて、沢山の人が湖岸園地にいるにもかかわらず
静寂・・・という感じの中、トンコリのあの柔らかい音色だけが響き、
とても、気持ちのいい時間でした。。。

派手で、インパクトがあるのもいいかも知んないけど、
こんな静かな時間を、沢山の人たちと共有できる事の素晴らしさ!
そしてその中で、素朴で温かなアイヌの歌や楽器などを演出して行けたら、
これこそ、感動!!なんじゃないかなぁ~
何がいいって、無理が無いのがいいよ。
ヘタな演出は、いらない!!・・・なんちゃってっ

さて、7月31日は、DINKA DUNK のLIVEでした。
これまた、ムビラやカリンバ、ディジュリデュやインディアンフルート、
ウクレレにギター・・・
ホントにまったりと、素敵な時間でした。
ムビラ奏者の『近藤 ヒロミ』さんとの話の中で・・・

私「私もケニヤには行ったことあります~」
近藤「へェ~!どこ泊まってたの?」
私「IQBALです!」
近藤「IQBALは、もうないのよ。今は、旅行者も減っちゃって、
    97年以降、治安は悪くなる一方でね。この前行った時も、
    四方八方、ピリピリしていたよ~」
私「今、どこに行けばいいんでしょうね・・・」
近藤『ホンとにねェ~」

なんと!ナイロビに行ったら、とりあえず安心して泊まれる安宿
『IQBAL HOTEL』がなくなったとわ~!
それだけ、旅行者も減り、そして治安も悪くなっているなんて・・・
はぁ・・・この世界は、どこに向かっているんだ!!!

・・・と、いつか旅した国々を思い、それぞれの地で暮らす人々が
今も変わらず、日々の営みを幸せに送っていてくれる事を
願ってやまない今日この頃です。。。

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